ブログやSNSから始まるサードウェーブ系スモールビジネス。
コーポレートサイトリニューアルについて語る。
朝起きて、カーテンを開ける。
窓際のアウトドア用リクライニングチェアに深く身を委ね、朝の青白い光が差す窓の外を行き来する遠くの車を眺める。バターコーヒー片手に、かれこれ10年くらい前のことを振り返り、思えば遠くに来たものだと感じながら書き綴ること。
いま、まさにこれは流行りの言葉に便乗させていただいて勝手に命名したのですが、もともと意識していたわけでも何でもなく、サードウェーブ系スモールビジネス(と勝手に名付けた)を9年くらい前から細々と運営しておりまして、先ごろコーポレートサイトのリニューアルまでしてしまいました。LIVING LIFE MARKETPLACE代表の伊藤芳子です。
私自身も含め、誰もこうなることを期待などしていなかったと思うのですが、なぜか沖縄に居ながらして超スモールビジネスを運営しながら、時々、東京などでお仕事させていただくという10年前には想像もしていなかったライフスタイルを送っています。
大体2、3年で終わるか廃れる事が多いといわれる零細企業をもうすぐ10年という月日になろうというのにいまだに零細企業としてかろうじて生き残っています。
ブログから始まるスモールビジネス
実をいうと9年前、私は単なるブロガーでした。
同い年の主人と一緒に、ちょうど30歳を手前に沖縄に移住して、米軍基地内で仕事を見つけ、ごく普通に働いていました。ただ、何が普通じゃなかったかというと、“やりがい”という意味で仕事があまりにもつまらなかったので、暇つぶしにローフードという傍から見たら訳の分からない食生活にハマりだし、たまたま書いていた半分趣味のようなブログの反応がよかったので自分が欲しいと思う食材を欲しがっている人が日本のどこかにいるんじゃないかなと。いかにも素人的な考えで、、それを人は無知の知だとか無敵の素人だとか思うのかもしれませんが・・正にそんな感じで、知らなかったから大胆にもブログだけが広告媒体となってオーガニック食材をインターネットで販売するというなんだかちょっとイマドキな経緯をたどって、今この瞬間にたどり着きました。まだ着地はしていなけれど。
元手は結婚前に貯めた50万円でした。
当時、主人は医学部生だったので、それ以上は使えませんでした。生活費がなくなってしまうと困ってしまいますので。
医学部生というといかにも親からの援助があって、悠々自適な学生生活をしているのかと思われがちなのですが、主人は30歳手前で再度大学に入り直すという普通だったらちょっと微妙な立場にありましたので、沖縄に来た頃には私と2人、独立生計、特に両親からの潤沢な援助があったわけではなく雀の涙の私のお給料と、主人の塾の講師のアルバイトで食いつなぐという、なんとも質素な暮らしをしていました。月に1度、近所の沖縄そば屋さんで外食することすら躊躇していたあの頃・・・
そもそも、なぜこのようにネットショップを運営することになったかというと、沖縄に来てから最初に就いた職が驚くほど暇すぎる職場で、やることがないと死んでしまいそうになる私は発狂寸前の毎日を過ごしていました。自由な雰囲気で働きやすい職場だったのですが、日々、せっせと自分の仕事を超特急で片づけて自由時間を得た私は、新聞を読んでいるふりをして上司にバレないように(いや、バレていたかもしれませんが)ヨガとかローフードとかスーパーフードだとか他からみればちょっと不思議ちゃん意識高い系?の当時ハマっていた本の数々をこっそり隠れて読む。もちろん、お昼のお手製手作り弁当はご多分にもれずローフード。それが日課でした。社内では宇宙人として見られていたことでしょう。
そして、その愛読書の一つに紛れていたのがなぜだか輸入販売の本だったのですね。なぜ、その本を購入したのかさえ、今となっては記憶が曖昧すぎて思い出すことすらできません。そして、今ではその本の行方すら分からなくなってしまいました。
起業をするにあたり、読んだビジネス書というのもその一冊で、、本当にその程度のことだったのです。
そんな本を読んだのが運のツキだったのかもしれませんがその本の通りに実践してみただけでした。それがLLMPのきっかけという。
サードウェーブ系スモールビジネスのスタート。
誰にも言えない副業生活が始まりました。
もちろん、自分の両親にも主人の両親にも、会社にも同僚にも、友達にさえナイショにしていました。
唯一、相談したのは主人のみ。
どれだけの人がブログを読んでいるわけ?
そのうちどれくらいが買ってくれるわけ?
そんなにうまくいくわけないでしょ。
と、反応は微妙だけれど反対はされませんでしたし、むしろ、冷たい視線を浴びせながらいつも背中を押して支えてくれていたのが主人でした。
当時の私は仕事の合間にコツコツ情報収集、自宅に戻ったらHP作成、素人でもサクサク簡単に作れちゃうそれこそイマドキな文明の利器みたいなソフトを使いショッピングカートは年間5,000円とかそれくらいの格安中の格安カートを設置。スタート時はもうどれだけ素人なんだというようなお粗末なHPでしたが、半年かけて準備をし、満を持してのネットショップオープン。
生来、ビビリな私は初めのうちは仕事も辞めずにタフなダブルワークをこなしていました。朝、早くに家を出て、夕方自宅に戻ったらそこから夜中まで自分の仕事が始まります。一度大学を出ている主人は単位が互換出来たので、1,2年生の頃はそれほど忙しくなく、昼間は授業の合間にネットショップを手伝ってくれ、夕方になると私とバトンタッチで塾の講師のアルバイトへ行くという。医学部生ってそんなに暇なの?と私ですら思ったのですが、もちろん学業は大変で、3年次以降は超絶忙しくなりました。
そんな2人の副業生活。
ブログのテーマが「食」になってからちょうど1年が経った頃でした。
インターネットという不思議な世界に迷い込んで
インターネットという巨大なお伽の国みたいな存在は、それでも、たかだか50万円という数か月頑張ってバイトすれば手に入ってしまうような元手でも起業が許される、摩訶不思議な世界です。まさに、ファンタジー。私はアリスにでもなった気分で、ウサギを追いかけ、ハートの女王がいつ出てくるのか、いまだに待ち続けている。そんなファンタジーな空想の世界でスモールビジネスが育っていく。
ビギナーズラックというのは怖いもので、たまたまブームに乗って、時流に乗れただけっていうやつですね。人よりちょっとだけほんの少しだけ早く、そのアイテムを売り出しただけのことで、良くも悪くもほんの少しのラックが降りてきた。
しかしですね、こんなニッチな市場で、しかも沖縄から、送料1000円かけて誰がこんな不思議な商品ラインナップのお店から購入してくれるのでしょうか。(1万円以上買えば送料無料ですけどね。)
いや、それがいるのですね。
そんな不思議なお客さまが。
でも、そんな愛あるお客さまのおかげで何とか9年目。やってこれているのですね。オープン当初からずーっと変わらず購入し続けてくれている方がいるという既成事実。低空飛行でも、細く長く、行けるところまで。ありがたいことです。
少しブームになると儲かるんじゃないかと、スーツを着たお偉い様風のおじさまたちから問い合わせが入ったり合いに来てくれたり。商品ラインナップや販売方法がどこかで全くコピーされていたり、温めて育ててきたブランドを奪われたり奪われそうになったり、仲間だと思っていた取引先との辛い別れがやってくるという事態に陥ったりと、いろいろな経験をさせていただきました、この数年間で。胃がキリキリと痛むことも。。
こんな規模でも、ビジネスの世界とは本当にシビアな世界です。
大きなビジネスを動かす方々はどれだけタフで心臓が強いのでしょう。
私には到底真似できそうにありません。。
好きで始めただけだったのに。
起業なんてする覚悟も心の準備も整っていなかった。
想いもよらぬ立場や環境の変化に正直自分をアジャストしていくのがとても大変でした。なかなか辛い毎日がやってきました。
心の準備が整っていない人が起業すると行く末はこうなります。
それがサードウェーブ系の定めなのかもしれません。
辛いなと感じる想いを抱えながら続ける仕事ほどしんどいことはありません。
いや、私の場合、好きな仕事をしているハズなのに心構えがなさ過ぎて、乗り越えなくては行けない壁が山ほど出てきただけのことだったのかもしれません。それは、どんな人にも訪れる神様が与えてくれた試練であり、ギフトなのかもしれません。好きだけでは好きな仕事は続けられないという、当たり前の事なのでしょうけど。それを受け止めるのがまた辛い。
私たちにしかできないことを考える
さて、私はずーっと考えていました。
コピーされたり、奪われたり、本来競争がそれほど好きではないどちらかというとおそらくサ-ドウェーブ系(使い方をまちがっているかもしれません。。)な私はどうしてもそういう世界に身を置くのが非常に辛く感じてしまいます。もっと闘争心のある、目には目を歯には歯を、やったらやり返すくらいバリバリ前に進めるくらいの人が世間の荒波をけ破って、激しいビジネスの世界で勝ち残れるのでしょうけれど、どうもそういう性分じゃなさそうです。
そういう性分じゃないからと言って、小さくてもここまで来たLLMPを放棄するわけにもいきません。だけど巨大なビジネスにしたいわけでもないし、何十億も儲けたいとかも思いません。(そもそもそんな能力も器も資本もないのですが)
何か、私にしかできないこと、私たちにしかできないこと、LLMPにしか伝えられない価値のようなもの。そういったものを模索する日々。自分が欲しいなと思って揃えたラインナップだからこそ、伝えたいことやストーリーがあるのと同じように、価値感を表現するために発信できることがある。
GQという雑誌のインタビューで堺正章さんがヨーロッパ車のフェラーリとマセラティを比較してこんなことを言ってらっしゃいました。
1950年代以前のヨーロッパ車のなかでもイタリア車、とりわけマセラティに関心を寄せているのはなぜか。それはマセラティ兄弟の存在です。レースに勝てるクルマをつくっ たんだけど、それをどうビジネスにつなげるのかというのがすごくヘタな人たち、イコール自分たちのためにクルマをつくったというところに僕は共感を覚えます。<中略>対照的なのがフェラーリです。フェラーリはもちろん性能もすばらしいけど、買うひとのためにつくっていたように僕には思えます。
『「古いクルマ趣味」の醍醐味を語る』より
マセラティ!うーん、シビれる。シビれます。切なすぎます。
世渡り上手じゃないからこそ熱狂的なファンがつくという。でも、私、外部から自分の冠使ってビジネスが育っていくのを黙ってじっと見ているのも結構つらそうなので、キレイごとなしでフェラーリのマスへのブランディング力にももちろん憧れます。自分のためでもあり、買う人のためでもあればいいなと理想を描きますが、世の中はそんなに甘くないのかもしれません。ニッチ層へのブランド力vsマスへのブランド力。あなたならどっち?
でも、数字のためだけに自分が欲しいなと思うところからズレた物作りや腑に落ちない発信はしたくないなというのはキレイごとではなく本音です。規模を追いかけるとどうしても本来の趣旨からズレてしまう気がしてしまいます。集まってくる人たちも変わってくるような気がしてしまいます。そこを受け止められないのが、ビジネスマンではない証拠なのでしょうか。
原点回帰
私はもともと単なるブロガーでした。
自宅にはテレビもありません。
テレビ見ないんです、関係ないけど。
でも、今は、個人がインターネットで発信する時代です。現在はFACEBOOKがあったり、インスタグラムがあったりといろいろなSNSが出てきていますが、起業当時はブログが主流でした。
日本のどこに居ても、世界のどこに居たって、ノウハウがなくても、人脈や大きな資本がなくても、センスと多少のスキルさえあれば、素人でも活躍できる場が、チャンスが、きっかけが。ファンタジーなインターネットの世界には転がっている。
そんな個人が発信する時代だからこそ、個人が活躍できる場を、そして、価値を生み出せる場所を、小さくても、インターネット上で十分だから、作りたいなと思ったのがきっかけでした。もしかしたら、最初からそういう思いがあったのかもしれません。
原点に帰っただけなのかも。
原点回帰。
巨大な組織が、小さな組織を食いつぶしていく、そんな時代。
ネットでワンクリックすれば、送料無料で明日には届いてしまう、機械が自動的に選んでくれたり、教えてくれたり、運んでくれたりするそんなビジネスが当たり前になってしまっている時代だからこそ、ちょっと不便でも、激安じゃなくても、価値を感じて寄り添ってくれる、サポートしてくれる、好きでいてくれる方々のために。
出来る事は何なのかをずーっと考えていました。
記事を量産するスキルも、資本も、根気もありません。
食や病気の危険性をあおって、何かのネガティブキャンペーンで炎上させるのもちょっと違う。
ネガティブで嫌になってしまうニュースが多い世知辛い世の中だからこそ、ちょっとポジティブで毎日をイキイキと過ごすためのTIPS(秘訣)のような発信。人生について問う、そんな発信。正直、そういうのってキレイごとみたいで、鳥肌立っちゃうし、鼻で笑いたくなるような気持ちにもなりますが、自分の興味が行きつくところはやはりキレイごとなしでそこだったりするのです。
大きなテーマは「LIFE」です。
会社名にも入っているのですが、だから多分、私の興味は最初からそこだったんだと思います。「食」は私にとって単なるきっかけであって、社会との関わりの中で、サードウェーブ系経営者(と勝手に名付けた)として奮闘する中で私は自分自身の「ライフ」と向き合うようになりました。
特別な今日という一日を快適に過ごすためにできることを伝えていく
人は、今日という日に夢を見る。そして今日という日は明日には過去になる。
過去の積み重ねで歴史が出来ていく、一人の一生が歴史を刻む。
一度しかないLIFE。
もう2度と出会うことのない今日という1日。
2度と出会うことのない、昨日すれ違ったあの人。
明日という日はいつまで貸出カードを差し出してくれるの?
そのカードを受け取る権利はいつまで続くの?有効期限はないのかな。
そんなこと考えていたらかえって逆にちょっと気が重くなってしまうのですが、今日という日は神様からの借り物なのかもしれないと思ってみると、日々、最高のパフォーマンスで1日の終わりを毎日迎えられる、そんな365日が死ぬまで続く。
人間関係や置かれた環境に対して不満をつらつら募らせて毎日過ごすよりも、目の前にある自分に課せられた人生のタスクに対して全力で駆け抜け幸せを感じてみる。
そんなLIFEに憧れる。憧れませんか?
私は憧れます。
先のことは何も分からないし保証なんてないけれど、不確定な保証なんてなくてもいいから、日々、低空飛行で「LIFE」を発信していけたらと思っています。
ゆるめにね。
そこは、ご愛敬。
サードウェーブ系だから。笑
※ サードウェーブ系とは
1970年代頃までの「大量生産・大量消費のコーヒー文化」、1980年代頃から始まった「シアトル系コーヒーチェーンなど深煎り高品質の豆を使ったコーヒー」に続く第三の波。コーヒーの生産地への配慮や価値などに注目し、ハンドドリップで一杯ずつ丁寧に淹れるスペシャリティコーヒーのことをサードウェーブ系コーヒーという。
LIVING LIFE MARKETPLACE